JapanPowerd(Anime &High School): 日本のアニメは学園を舞台設定としたものが多いと思う方は多いでしょうか?海外在住の外国人の方からすると実に不思議に思える事のようです。海外アニメファンファンの間では、日本のアニメについて奥深い考察がなされ、議論がなされているようです。 今日はこうした考察をもとに、「日本のアニメは高校を舞台にしたものがなぜ多いのか?」について、ライターズジャーニー(神話の法則)という考え方とビジネス という観点での必然性について考えてみました。いろいろ当てつけてみると日本のアニメと学園舞台という設定は、この神話の法則がうまく当てはまる舞台装置として一つの最適解なのかもしれません。
JapanPowerd(Anime &High School):のサイトでは単なるアニメファンオタクの意見としてではなく、歴史、文化的な背景から奥深い考察がなされている点が興味部会です。長文なので概要をまとめてみました。
ティーンネイジャーという概念は1921年に初めてOxfordEnglishDictionaryに登場したようだ。第2次世界大戦以前にはそうした語句はどの辞書をみても掲載されていない。ティーンネイジャーという概念は平和が広まった世界ではじめて定着した概念であるといえる。また学園は、このティーンネイジャーが大人になる準備をする期間として以降の歴史で定着してきたとも言える。ちょうど学園をテーマとしたアニメも戦後1960年代以降こうした要素とともにからみ合って発展してきたといえる。(いわば、平和な日本の象徴ともいえる?)
成人への過程とは、ティーンネイジャーが大人になる上での通過儀礼であることは誰もが認めるところだろう。日本のアニメの特徴を一つあるとするとこの時期の通過儀礼を舞台設定としていることがあげられる。例えば、学園を舞台に、恋愛(~ラブコメなどまで)や試練に立ち向かうことで、大人から教訓をえたりするようなストーリーなどに見ることができる。映画でいうとスターウォーズのオビ=ワン・ケノービなどもこれと同様なフォーマットだといえるだろう。
ということで、アニメと高校(学園舞台)という組み合わせは切っても切れない関係として製作者が利用するようになった。という考察です。学園を舞台としたアニメは世界大戦以降アニメが生まれ発達するなかで、ターゲットとするオーディエンスが、記憶に鮮明にのこる血気盛んな時期として学園というフォーマットの中で誰しもが共通の経験を有するからこそ、手っ取り早く、観客の心をつかめるであろうという点で、シナリオ設定の舞台として活用されやすいのである。という考察でした。
日本のケース:2chより
中国のアニメファンのケース(サーチナより)
#もともと話題なったネタソースはこの記事のようです。
以下引用となります。おもしろい問題提起ですね。
どうでしょう?どの議論も大小若干の違いはありそうですが、冒頭に紹介した部分になんとなく当てはまるような議論がなされていると言えそうですね。
ライターズジャーニー(TheWriter'sJourney:Mythic Struture of Writeers:christopher Vogler2007)という古代から現代まで伝わる伝承や神話を構造を紐解き、人に受け継がれる(ヒットする)シナリオを構成する法則を説いている本があります。ヒットメーカー言われる脚本家などが教科書として活用している著書だそうです。昔、実は学生時代に海外のドキュメンタリーを見て触発されて、原文でちらっと読んだ事を思い出したので今回のテーマを書かせていただきました。ライターズジャーニーとは古代から受けつが得れている神話には国、言語、文化に関係なく同じようなストーリー展開があるという事に著書ChristoperVolgerが気付きその法則をまとめることで、ハリウッドなどでヒットする脚本がかけるのではないか発想したものだったと思います。記憶が定かで無いですが、確か彼はハリウッドで脚本のコンサルティングみたいなことをやっている人だったと思います。ではその内容を抜粋しながら今回のテーマである日本アニメと学園舞台設定の必然性について前段で紹介した内容もお読みいただいた前提でこれから考察してみます。
- 主人公(ヒーロー)の「旅立ち」
- 「試練・通過儀礼」
- 「何かを成し遂げて帰還」という構成.
日本昔話や、ハリウッド映画、中世の有名な戯曲や冒険物語まで、国や文化を問わずこの法則が当てはまるのだそうです。「ほうっ」と非常に印象に残ったので現在でも記憶にしっかり残っていたのですが、上記ベースシナリオ構成法則と主人公をはじめとした登場人物構成:材料(素材)となります。
では詳しく見てゆきます。
- 1.旅立ち・冒険の始まり
→日常生活→冒険への誘い・きっかけ→冒険の拒絶、賢者との出会い、第一関門突破→冒険を決心し、旅立つ- 2.試練・通過儀礼
試練・仲間(友情/裏切り)・敵対者の出現→危険な場所への接近→最大の試練- 3.帰還帰路
→偉業をなしとけ→成果・宝を持って帰還
どうでしょう。ゲームやアニメ、映画など思いつく限りこのパターンにハマっているとは思いませんか?
当時のドキュメントでは、著者は確か次のように話していました。
「イメージとしては、日の当たる明るい日常から闇が支配する洞窟みたいなチューブを抜けるイメージ。冒険を決意する若者は暗闇が支配するチューブの中で様々な試練や困難を経験し、人として賢者として人々の教訓となる、共感を呼ぶ知識・経験を身につけ、最後に誰もが達成したことが無い偉業をを達成(成長し)日常の世界にもどってくるというハッピーエンドで終わる構成なんだ。驚くことに、人種、国、宗教を問わず、古代から現代まで伝承、受け継がれている神話や物語にはすべてこの法則が当てはまることを発見したんだ。だからこし、ヒット作品を制作する上でこのロジックが活用できないかとまとめたものがこのライターズジャーニーなのさ。誰もが共感し、満足し、感動を得られる黄金の法則が神話や古い物語の中にあるということだね。だからこそ、数千年、数百年と人々の記憶から廃れず現代まで受け継がれたと言える」
- 物語導入部:日常(学園生活):誰もが甘酸っぱい記憶をもっている共通知識
→ターゲットは若年層から大人までカバーが可能。これが完全な大人などになると例えば若年層などは完全に感情移入できない可能性も発生する- 旅立ち
→学園生活にヒーローとなりうる平凡な主人公、その他6タイプの登場人物を組み込むことで世界観が完成。制服だとキャラ設定が楽なのも分かるように思います。
※ラブコメ系の場合は恋愛をテーマにした通過儀礼だし、ファンタジー要素を盛り込んだ冒険モノは学園というすべての要素がつまった舞台上で神話の法則を展開さえすればいい。- 通過儀礼・試練
→ヒロイン、ライバル、仲間、裏切りなど人間関係と人生を試練として演出組織や大人など相対する要素等学園では全てが揃っている。
※この部分に魔術や超能力、スポーツ(クラブ活動)、ロボットなどを組み込んでいろいろなテーマにスイッチすることも可能。- 帰還
→道徳や正義、恋愛成就、仲間と共に成長(まっとうな大人になる)という誰もが想像・共感できるテーマにスイッチ可能。
以上の理由から、学園を舞台設定として組み込むことでヒットする確率ががあるからというのが私が考えた内容。
コミックもアニメもノベルも列記としたビジネスです。作家さんも出版社もアニメーション制作会社、TV曲もきちんと事業計画を立て投資したお金を回収しなければなりません。という事で、失敗リスクを減らすために、結果として日本のアニメの設定に高校を用いることが多くなるのもある道理だと言えると思います。逆に言うと、ビジネスとして追求してきたらこそ、大手出版者などのノウハウうやシナリオ作家さんの成功パターンなどの積み上げが結果として「神話の法則」に忠実に沿ったテーマや舞台をより多く活用するようになったとも言えるでしょう。
逆な言い方をすれば、日本のアニメが世界で幅広く受け入れらている背景には、この「神話の法則」にフィットした「学園を舞台設定として活用する」というのが実が大きく貢献しているのでは?ともいえそうですね。
以上、「日本のアニメと学園舞台が多いのか?」とい問いかけをきっかけに日本のアニメ産業についていろいろと考えを巡らせてみました。
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